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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)4989号 判決

原告(反訴被告)

右代表者法務大臣

中村梅吉

右指定代理人

武田正彦

外三名

被告(反訴原告)

関東倉庫株式会社

右代表者

加藤修治

主文

一  原告(反訴被告)の本訴請求ならびに反訴原告(本訴被告)の反訴請求はいずれもこれを棄却する。

二  訴訟費用は本訴につき原告(反訴被告)の、反訴につき反訴原告(本訴被告)の各負担とする。

事実《省略》

理由

第一本訴

一寄託契約の成立と事故の発生

1  原告が昭和四二年四月一日被告との間に政府所有食糧および農産物等について、保管料は各月一日から一五日までと一六日から月末までとをそれぞれ一期とし、国内米については一期当り六〇キログラムにつき金九円五一銭とすること、契約期間は昭和四二年四月一日から昭和四三年三月三一日までと合意(寄託契約)して、昭和四二年四月三日から同年八月一九日までの間に昭和四一年産六〇キログラム入り山形三等水稲うるち玄米を被告に寄託して保管させたことは当事者間に争がない。

〈証拠〉によれば、前記寄託契約において被告は物品の亡失、損傷により、または、これらの事故に対する手続ならびに措置を誤つたことにより、およびその他の契約不履行により原告に損害を及ぼしたときは賠償の責を負わねばならないこと(第二一条一項)、その賠償額は細目協定事項に定めるところにより食糧庁指定倉庫の所在地を管轄する食糧事務所長が決定する旨(同条三項)の約定がなされたこと、また、〈証拠〉によれば、被告が同期間中八三回(GA五四回、叺二九回)にわたつて寄託を受けた前記玄米のうち等級三等の個数はGA(麻袋包装)一万八一三〇袋と八五五一叺であつたことがそれぞれ認められ、他にこれに反する証拠はない。

2  〈証拠〉によれば、被告が寄託をうけた前記玄米のうち最終的にGA一〇〇袋(麻袋)の受渡不能の事故品が生じたことが認められ、これに反する証拠はない。

3  そうすれば特段の事情のない限り被告は原告に対し前記寄託契約に基づき右事故による損害を賠償すべき義務ありといわざるを得ない。

二抗弁

1  寄託契約について〈略〉

2  不可抗力の主張について

(一) 農産物規格規定によると三等級玄米の水分含有量は最高限度一五パーセント、但し山形産米については一六パーセントと定められていること、本件玄米のうち貨車輸送の段階で水分含有量一六パーセント以下のものが全体の八五パーセント、水分含有量一六パーセントを越えるものが少くとも一五パーセント存在したことは原告の自陳するところである。

(二) 冒頭記載の争のない事実及び右事実に、〈証拠〉を総合すると次の事実が認められる。

(1) 本件事故は昭和四二年四月三日から同年八月一九日までの間に被告池尻倉庫(倉庫1)に入庫した昭和四一年産山形三等水稲うるち玄米(合計個数は麻袋一万八一三〇個、叺八五五一個)のうちに発生したが、その経過は次のとおりである。すなわち昭和四二年八月二六日原告は米穀卸商に当時麻袋五一五六袋、叺六四二七個の在庫のうちから麻袋四四二一袋、叺四四〇〇個を売却したところ、欠減と虫害のクレームがつけられ、同月二九日売却現品を調査した結果右事実を確認したので、そのうち麻袋二五〇〇袋、叺三九〇〇個について荷渡指図書を切替え、この分は関係者間で別途協議することにした。協議の結果くん蒸すれば卸業者は必ず引取るということになつたので同年九月二七日くん蒸を実施し、同年一〇月一二日に売却したが、当時の在庫は麻袋三三〇五袋、叺五六六二個であつた。右売却品のうち麻袋二五〇〇袋、叺三九〇〇個の引取りに当り同様のクレームがあり、麻袋五四九袋、叺五五八個が引取りを拒否された。その分については他のロット(保管のため倉庫内に大量に積上げた米の集団をいう)から正品を引渡したが、その際他のロットにも不良品が発見されたので山形三等水稲うるち玄米の在庫品全部について仕訳させたところ、前記引取拒否分とあわせ麻袋七六七袋、叺九〇九個合計一六七六個の不良品が発見された。同年一一月七日に右不良品につき再仕訳した結果青カビ一三一五個、虫害二八三個に振分けられた。上記不良品について買受人と折衝をかさね、結局、昭和四三年一月一二日東京食糧卸商協同組合の協力を求めて品質低下品に関する調整金要領により処理できる程度のものを売却したが、それでも麻袋一六九袋、叺七七個合計二四六個が残つたので更に卸商協同組合と折衝をかさねて、そのうち一四六個を調整金措置により売却したが、結局麻袋一〇〇袋については主食用としての売却ができなかつたので事故品とし、同年三月二九日穀粉用に一袋当り五四五〇円で売却した。そして正品価格との差額一四万六〇六〇円を賠償金として被告に請求するにいたつたものである。

(2) 昭和四二年二月七日の再仕訳により不良品として青カビ一三一五個、虫害二八三個に振分けられており、保管管理日表によると同年七月六日に「のしめ穀蛾」が、八月七日に「こくぞう」が散見され、それぞれ薬品による駆除手当がなされていることが窺われ、更に倉庫監督者見廻簿によると八月三〇日に「のしめ穀蛾」「こくぞう」が散見されているが、それ以前三回の見廻りでは病虫害なしと報告されているところからすると、本件事故の原因はカビについては青カビ、虫害については「のしめ」「こくぞう」と解される。農産物規格規定によると山形三等水稲うるち玄米についての品質許容量として水分含有量は一六パーセント、被害粒(虫害その他による死米、異種穀粒、異物)は一五パーセントが認められているが、水分含有量については産地検査においても入庫時検査においても少量抽出検査方法がとられているうえ、後者については入庫時から一日遅れで結果が判明するだけでなく食糧の長期保管に関する技術的研究の結果によれば、一俵中の米にも水分含有量にバラツキがみられ、庫内の湿度、温度とも微妙に関係するし、包装による影響も無視できないので水分含有量を正確に測定することは実際上不可能といわざるを得ないが、入庫検定日報、水分測定表の記載からすれば被告保管にかかる山形三等うるち玄米の全量中水分含有量一六パーセントを越えるものは入庫時大体二〇パーセントに及んでいたのではないかと思われる。

(3) 前示技術的研究の結果によれば青カビはモス米菌の寄生繁殖によるもので水分一六パーセント以上の軟質米によく発生し、菌糸のまんえんによつて米粒の侵された部分は当初白色をていし、数日で青緑色に変じ最終的には光沢を失い砕け易い品質低下品となるものであるが、本件においては原被告の双方において昭和四二年八月二六日の売却によるクレーム発生まで誰もこれに気付いた形跡はみられない。次に、虫害について考えると、前示の如く、くん蒸すれば必ず引取るという卸業者の申出からすると、飛び廻る蛾類よりも這い廻る甲虫類すなわち「こくぞう」に手を焼いてのことと思われる。さきの技術的研究の結果によれば、穀類の含有水分量が一五パーセント以下の場合は害虫の繁殖率が少く、それ以上の場合は増加するが、害虫が穀物を喰害するのは殆んどが幼虫時代であつて成虫となると蛾類は全然喰害せず、「こくぞう」等でも殆んど喰害することはないとされているし、「こくぞう」の発生回数は年間二回ないし四回、卵から成虫になるまで二三日ないし二七日を要するとされている。本件事故のうち虫害の原因たる「のしめ」「こくぞう」の発生原因が産地から持込まれたものか、倉庫内で発生したものかを直接明らかにする資料はないが、さきの保管管理日表では七月六日に「のしめ」が散見され、八月七日に「こくぞう」が散見され、同日以降病虫害微発生のマークが記されており、それ以前には害虫についての記載はみられず、しかも期間中ほとんど二、三日おきに入庫するような状況のもとでは産地から持ち込まれた公算も決して低いとはいえない。そのうえ後記のとおり被告は本件山形産米の欠減事故について自然減耗の認定をうけて、その分について無責とされているが、これは虫ソ(鼠)害のないことを意味するから、ロットが異るとはいえ同一倉庫内で管理不充分による本件虫害発生の主張は右認定と明らかに矛盾するといわざるを得ない。

(4) 過剰水分による事故の発現形式は風通しの良いロット外部では水分の蒸発による量目の欠減(欠減米)となつて現われ、風の通らないロット内部や下部の台木附近においては「むれ米」(むれはカビの原因となる。昔は台木附近に発生するのが多かつたので台付米の呼称がある)の形で現われることが経験的に知られている。右のうち欠減の点につき被告は本件山形産米について昭和四三年四月一七日付で自然減耗の認定を受け無責とされている。したがつて本件事故の主因は「むれ米」にあると考えられる。その防止方法は規格以上の水分過剰米の入庫を拒否するのが最良の方法であることは云うまでもない。しかし貨車輸送による多量の米を拒否した場合どう処置するかの問題に加え、水分測定結果が入庫後に判明する現状では到底採り得ない方法であるし、入庫後万偏なく風に当てるための天地返えしの方法も労力、スペース等の点で経済的に不可能であり、また、早期出庫の方法は、既に米過剰時代に入り、戦後最大の米過剰といわれていた当時では仲々行い難い状況にあつた。それでも被告は本件山形産米とは異るが、保管中の秋田、新潟、茨城米等について麻袋に台付米発生の危険ありとして早期出庫の陳情を繰り返えしていたが思うに委せなかつた。「むれ」事故については包装の変化も見逃せない。米の包装は俵から麻袋、叺等に変つているが、麻袋は接触画積が広くてその部分の通気が悪いし、叺も機械じめで締め上げると通気が悪い。そのうえ昭和四二年の夏は平年の30.9度に比べ三二度平均の異常高温がつづいていることも「むれ」事故を助長する一因となつている。

(5) 調整金処理というのは政府が一定の割合で米穀卸商の利益に上乗した金額を支払い、その分を拠出させ、卸商組合で積立てている調整金をもつて事故米発生の場合の損失を補填するもので具体的には事故米を正品として卸し、その損失分を調整金から別途に支払うという方法がとられる。本件の如き事故は被告倉庫だけでなく同時期に他でも発生しているが、一例として被告倉庫に近い日本通運の大橋倉庫においては虫害九九個、カビ三七九個が発生し、その程度も同じようなものであつたが、到着事故扱として調整金処理により事故品扱にはなつていない。このことは本件事故米を買受けたいという業者からの連絡で判明したものである。

(6) 被告の池尻倉庫第一号は鉄骨亜鉛鍍波型鉄板張造同板葺平家建のくん蒸可能な政府指定倉庫で火災保険契約における級別では二級Bとされている。政府指定倉庫の中には火災保険級別が三級のものもあるので被告倉庫は構造的には政府指定倉庫の中でも普通のものである。構造上の特徴として鉄骨亜鉛鍍波型鉄板張造りの外側建物の内部に、同建物から三〇糎ほどへだてて木造モルタル式の内側建物が存在する二重構造になつている。外側建物には明り取りや通風のため固定式、回転式の一連のガラス窓が四壁に存し、それに対応して内側建物にも窓枠が設けられているが、これは素通しでガラス等ははめられていない。外側窓ガラスは子供のいたずらでよく破損するため明り取りのためにはビニールが、くん蒸、その他の場合には窓枠一杯にあたるベニヤ板が用意されているので窓ガラスの破損により雨水が内側建物内に格納された貨物に影響を与えることは殆んど考えられない。また、貨物トラックの庫内出入のため本来密閉さるべき入口の扉は端が破損し、通路のコンクリートも亀裂が入つているが、これは通路部分のことであるから貨物との関係で問題となる影響は考えられない。さきの倉庫監督責任者見廻簿によると昭和四二年五月一九日の見廻り時に倉庫の掃除に注意するよう指示がなされているが、その次の五月二五日の見廻り時には掃除はよくなつたと記載されているし、八月三〇日、九月二七日、一〇月二四日の三回にはいずれも清掃不良と記されているが、この時期には前記のように「こくぞう」「のしめ」が散見され、卸業者からくん蒸要求が出され、九月二七日にはくん蒸がなされるといつた状況にあたつたものであり、以後五回の見廻りではいずれも清掃は良と記されている。

以上のとおり認められる。〈証拠判断略〉

(三) 前認定の事実を総合して本件事故の原因を考えると、結局、規格以上の過剰水分を含有した米穀が通常の保管方法のもとで米過剰時代に入つて長期間保管されているうちに異常高温の継続や包装の変化等の悪条件も重つて「むれ米」「虫害」等の事故を発生したと解するほかはない。原告側は被告倉庫の構造上の劣悪性や清掃不良の故をもつて本件事故発生の一因と主張するが、設備の完備した低温倉庫との比較においてなら、いざ知らず、前認定のとおり被告倉庫は極く普通の倉庫と考えられるし、清掃その他の保管管理方法も特にその年に限つて悪かつたとすべき点はなく、従前同様通常の保管管理状況であつたと考えられる。また、原告は、被告が八月上旬以前にくん蒸実施の通報をすべきであつたと主張するが、前認定のとおり本件の場合くん蒸は買受人である米穀卸業者の要求に応じてなされたものであり、くん蒸自体はその結果米の自律作用を低下させ、死米を生ずるもので一般に避けるべきものと考えられるし、虫害は幼虫時代に発生するもので既に成虫になつてからではくん蒸は遅きに失するというような事情からすれば、七月六日に「のしめ」が散見されたことをもつて被告にくん蒸実施の通報義務ありとすることは具体的状況のもとでは酷に失するというべきであろうし、仮りに八月上旬にくん蒸がなされたとしても本件事故は避け得なかつたといわねばならない。〈証拠〉によると、昭和四三年三月時点で本件事故米につき原告内部においても、くん蒸後の米の自律作用の低下により冬期中徐々に肉眼ではみられぬ程度にカビが進行したとする見解も存在したことが窺われるのである。さらに早期出庫の要請がなされなかつたとする原告の主張についても、本件山形産米についてなされていないとはいえ、被告は受託保管中の、危険の予想される他の産米については度々早期出庫の要請をなしているし、本件事故は昭和四二年八月二六日の売却による引渡までの間原被告の双方のいずれにも知られなかつたという事情を考慮すると難きを強いるものというしかない。それに他にも本件同様の事故の発生をみながら異る取扱がなされた等の事情を参酌すると、なおさらのことといわねばならない。

以上を要するに、本件事故の発生は経済的制約も考慮に入れた具体的状況のもとで被告にとつては不可抗力と解するのが相当である。

三以上のとおりであつて原告の本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

第二反訴〈以下、省略〉

(麻上正信)

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